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打つ手がなくなったときの家族の対応 Part.1

2018年6月17日に開催された登進研バックアップセミナー102の第1部の内容をまとめました。講師は、下記のおふたりです。経験豊かな2人のカウンセラーのお話を聞くことで、同じようなケースや状況であっても、いろいろな見方、考え方、アプローチの仕方があり、「正解」は決してひとつではない、ということがおわかりいただけると思います。それぞれのご家族に合った「正解」を探っていくための、何らかのヒントをこの講演で見つけていただければ幸いです。

講師:霜村 麦 (臨床心理士)
   小栗 貴弘(作新学院大学女子短期大学部准教授)

【Case 1】部屋にひきこもって会話がほとんどできない

何を考えているのかわからないのでどうアプローチしたらいいのかわからない

霜村  霜村と申します。よろしくお願いします。ふだんは幼稚園から中学生くらいまでのお子さんと親御さん、学校の先生のご相談を受ける仕事をしています。
 わが子の不登校という状況は親御さんにとって初めてのことですから、何をどうしたらいいのかわからず悩んでいる方も多いと思います。今日はそんなお母さんお父さんに、こんなに打つ手があるよ、解決のためのヒントはたくさんあるよということをお話しして、少しでもお役に立てればと思っています。

 では、さっそく本日取り上げる5つのケースのお話に入ります。
 最初は「部屋にひきこもって会話がほとんどできない」ケースです。会話ができないわけですから、わが子が何を考えているのかわからず、どう接したらいいのか、どうかかわったらいいのか、困っておられることでしょう。そこで、まずこの子がどのような心理状態にあるのかをご説明したいと思います。

いま、その子はどんな心理状態にあるのか

霜村  部屋に閉じこもってなかなか出てこないという状態は、中学生以上のお子さんの不登校では、初期の頃によくみられます。これは、お子さんが度重なるストレスにさらされていたにもかかわらず、無理をしつづけた結果、燃え尽きた状態といえます。心身ともに疲弊し、ネガティブな感情に支配され、家族とも接触を断つことで、やっと安定できている状態です。

 この段階では本人も原因がよくわからないことが多いのですが、それは混乱していて気持ちの整理がつかず語るに語れない、あるいは語る気力すらないという状態だからです。おそらく直接のきっかけとなった傷つき体験はあったと思いますが、当初、「何があったの?」と根掘り葉掘り問いつめるようなことは避けたほうがよいでしょう。なぜなら、その出来事を意識化し再体験して言語化するという作業は非常にストレスフルで、その子をさらに傷つけることになりかねないからです。

 ひどく傷ついて疲れ果て、エネルギーが切れてしまった状態ですから、この時期には、無気力になったり混乱したり、また、これ以上傷つきたくないために防衛本能のようなものが働いて非常に敏感になっています。人目や会話を避けたがる傾向もよくみられます。

 心がカップのようなものだとすると、不登校になった子はこのカップにたくさん傷がついて穴が空き、そこからエネルギーがもれている状態です。その傷口はほんの少しの刺激でもすごく痛むので、外からの刺激に対して非常に敏感になっていて、誰にも触られたくない状態です。そこで、まずこの傷を治さなければならないわけですが、それには第一にゆっくりと休養をとること、さらに、安心して過ごせる時間と生理的な快適さを整えることが重要になります。

 ところが、この時期はお子さんと同様、親御さんもいちばん不安が強い時期です。「このまま行ったらどうなるんだろう」「社会に出られないんじゃないか」「この子の人生、終わったんじゃないか」といった不安や焦りで、何かをせずにはいられなくなってしまいます。しかし、そういう不安から親御さんが発するメッセージは、傷ついたお子さんにとって「あなたがこんな状態だと私は困っちゃうのよ」というふうに届きます。

 どのようなメッセージであれ、その意味を決めるのは受け手の側ですから、親御さんが「そういうつもりじゃないのに…」と思っても、お子さんがそう受けとればそういう意味になります。たとえ言葉にしなくても、お子さんは親御さんの胸の奥にある感情に反応して、「責められている」「批判されている」と感じてしまいます。

基本は「静かにおだやかに過ごせるようにしてあげる」こと

霜村  この時期は、メッセージを発するほうもネガティブ、受けとるほうもネガティブですから、どんな意図で言葉をかけてもコミュニケーションは悪化します。

 この段階で親御さんができることは、基本的には刺激をせず、食事や睡眠などの衣食住の面でその子が快適に過ごせるように援助してあげることです。あとは本人の回復を待つという「静かな(動的・静的という意味で静的な)働きかけ」を行います。これは何もしないということではありません。この時期に合った働きかけは「その子が静かにおだやかに過ごせるようにしてあげること」であり、その働きかけを戦略的に行うという意味です。

 心理学には「マズローの欲求5段階説」という有名な考え方があります。この説によると、人間の欲求には、①生理的な欲求→②安全・安心の欲求→③社会的欲求(所属したい・愛されたい)→④尊厳(承認)の欲求→⑤自己実現の欲求、という5段階の欲求があり、これらの欲求は下の段階が満たされてはじめて、その上の段階の欲求が出てくるとされています。つまり、「学校に所属したい」という社会的欲求が出てくるためには、それ以前の「生理的な欲求」「安全・安心の欲求」を満たしてあげないといけない。そうしてはじめて、学校に戻りたい、集団に入っていきたい、という欲求が出てくるわけです。

マズローの図

 なお、この時期、なかなか回復しないわが子を見て、うつ病の薬(抑うつ剤)をのむと元気が出るんじゃないかと考える親御さんもけっこういます。しかし、心の傷が回復していない状況で抑うつ剤をのんでも、穴がふさがっていなかったり、学校に対する安全・安心が整っていなければ、まったく問題解決にはなりません。「病院に行ってお薬をのんでも全然よくなりません」という親御さんの訴えを耳にすることも多いので、この点をひと言申し上げておきます。

 また、「甘やかしてはいけない」「甘やかすとズルズルと休みが長引く」と厳しく接する親御さんがいますが、逆に、長引かせないようにするためにも休養が第一です。とくに不登校になった当初は激しい対応になりがちで、本人が動けない状態なのに無理やり学校にひきずって行くといった例はめずらしくありません。しかし、それではかえって傷が大きくなったり、親子のコミュニケーションが悪化し、状態が悪くなります。初期のそういう対応が長引くきっかけをつくってしまうこともあるので、最初はできるだけおだやかな時間をつくるよう心がけてほしいと思います。

「あなたのことを気にしているよ」というメッセージを伝える

霜村  本人が何も話さないし返事もしないので、親御さんのほうも話しかける気がなくなりがちですが、返事が返ってこなくても声かけは行ってください。
 そのとき、本人の不安や傷を刺激するようなこと、たとえば「学校どうするの?」といったことはあまり言わないようにして、本人とは直接関係のない話題(天気の話、テレビ番組やペットの様子など)を楽しそうに話すことを心がけましょう。本人はほうっておかれたらやはり寂しいわけで、声をかけることで「あなたのことを気にしているよ」というメッセージが伝わります。

 もうひとつは、おそるおそる話しかけたり、こわごわ体に触ったりしないこと。「おそるおそる」というのは、親御さんがお子さんを怖がっているというメッセージになってしまうので、あっけらかんと堂々と「今日は暑くなるみたいよ。あんたも熱中症に気をつけなさいよ」という感じでポンと肩に触れるとか、そういう感じで接していただけたらと思います。

 声かけ以外では、基本的な生活習慣について、「あなたの体のことを心配しているよ」ということを伝えていく必要があります。できればそれを言葉ではなく、行為として伝えられるといいですね。食事は本人があまり食べなくてもできる範囲で用意する、よく眠れるようにシーツなどを洗濯して清潔にしてあげる、お風呂に入るときは「リラックス効果があるらしいよ」と入浴剤を渡すなど、言葉ではなく行為で気づかいを示してあげる。ある程度安定したお子さんの場合、本人が嫌がらなければ外出に誘ってあげるのもいい。

 嫌がらなければ、学校や進路の話題について少しずつ聞いてみてもかまいません。回復の度合いにもよりますが、相手の様子をみながらちょっと小出しに聞いてみて、強く拒否するようなら引っ込める、しばらくしたらまたふれてみて様子をみる、ということをくり返します。

相談機関や医療機関を活用する

霜村  不登校というものは、実はじっくりと時間をかけると、自力で乗り越えていく子がけっこういます。そういう子を見ていると、「不安な時期を親御さんがどう乗り越えていくか」が大事なテーマになるのかなと思っています。

 「部屋にひきこもって会話ができない」という状態は、お子さんがどんどん悪化していくようにみえる時期であり、親御さんの心理的な安定も失われやすい時期です。にもかかわらず、気持ちが安定しているかのように振る舞わなければいけない時期でもあるわけですから、出口が見えないトンネルを進んでいくときに親御さんに寄り添ってくれる人、信頼できる人、納得できるアドバイスをくれる人が必要になることが多いと思います。

 そう多くはありませんが、医療が必要になるケースもあります。精神科の先生は、「一時的なうつ状態でしょう」とおっしゃる場合が多いと思いますが、そうであれば、休養させるという対応は大きくズレてはいないわけです。ただし、なかには医学的な治療を早期に開始しなければならない場合もあります。

 どういう場合に医療が必要になるかは、私たちカウンセラーには判断できないところがあるので、まずは医療機関にかかるべき状態なのかどうかを判断してもらうために医師を受診することをおすすめしています。本人が病院に行きたがらない場合は、ご家族の相談だけでも受けてくれる医療機関がありますし、すでに公的な相談機関(教育相談室、教育センター、児童相談所、保健所など)に相談されている場合は、そこで大まかな判断をしてくれたり、医療機関へのつなぎ方もアドバイスしてくれるので、そちらで相談されるとよいでしょう。
小栗  霜村先生のお話を伺っていて、まず、「静かな働きかけ」という言葉が印象に残りました。そして、それに関連してある青年の話を思い出しました。

 数年前、このセミナーに出てくれた不登校経験のある青年ですが、お母さんがパートに出るようになってから、キッチンのテーブルにお昼ごはんと一緒にメモが置かれるようになったそうです。ひきこもりぎみだったので直接お母さんと話をすることはほとんどなく、そのメモにも「おーい、元気ですか。3分間チンしてください」「明日は不燃ゴミの日だから出しておいて」などたわいもないことが書いてあったといいますが、それが動き出すきっかけになったとのことです。彼は、「直接話しかけられたり、直接的なメッセージだったら、たぶん自分はダメだったと思う」「そのメモの距離感が当時の自分にとってはちょうどよかった」と言っていました。

 「学校に行きなさい」という直接的な働きかけよりも、霜村先生のおっしゃった「静かな働きかけ」という意味で、このメモのような働きかけが大事になってくるのかなと感じました。

【Case 2】自信を失って身動きがとれない

家族以外の人と会おうとしない、親が何か提案しても「どうせ自分なんか…」といった感じで耳を貸そうとしない

小栗  小栗と申します。もともとスクールカウンセラーをやっていて、大学の専任教員になってから7年目になりますが、現在も週1回、夜間の定時制高校でスクールカウンセラーとして働いています。夜間の定時制といっても昔とはだいぶ雰囲気が違い、今は昼間働いて夜勉強に来ている生徒は学年にひとりくらい、8割方が不登校経験者です。そのなかで、不登校だった子どもたちがどう中退せずに続けていけるかというところを支援していこうと頑張っています。

 では、2番目の「自信を失って身動きがとれない」ケースに入ります。自信を失っているせいで、家族以外の人と会おうとせず、親が何か提案しても「どうせ自分なんか…」といった感じで耳を貸そうとしないといった状態をイメージしていただければと思います。長くこういう仕事をやっていると、「こういうケースで」といわれて、だいたい思い浮かぶ子がいるんですね。ですので、私がかかわったケースを取り上げながら事例を中心にお話をしていきたいと思います。

なぜ自信を失ってしまうのか

小栗  毎日学校に行けない状態とはどういうことかというと、一般に学校に行くのは「普通」のこととされていますよね。不登校が増えているとはいえ、小学校で0.5%、中学校でも3.0%程度ですから、「学校に行かない」という選択をすることはまだまだ「普通」ではなく、そこからドロップアウトすることを意味します。それは子どもにとってすごく怖いことです。まわりの子どもたちが普通にできていることが、自分にはできない。「今日も行けなかった」ということは、つまり「今日も失敗した」ということであり、「明日こそ行こう」と思っていたのにやはり明日も行けないとなると、毎日毎日負け試合をしているようなもので、自分はダメな人間だ…と、気分がどんどん落ち込んでいきます。

 こういう本人の心のなかは、親の側からするとなかなか見えにくいものですから、「毎日ゲームばっかりやっていて、とても悩んでいるようには見えない」という親御さんもたくさんいます。しかし、そもそもゲームをやりたくてやっているのかどうか。また、ゲームに没頭することで、不安や恐怖から逃れたいという気持ちもあるでしょう。

 最近は、子どもが学校に合わないのではなく、学校が今の子どもたちに合わなくなってきているのではないかという見方が少しずつ広がってきて、ここ数年は、学校に行けない子に対して正規の学校以外の学びの場をどう確保するかという動きが出てきました。そのための法的な整備も進められています。

 とはいえ、それは行政レベルの話であって、子どもにしてみれば「なぜ自分は普通のことが普通にできないんだろう」という不安のなかで、毎日毎日失敗をくり返してどんどん自信を失っていきます。これが、不登校の子どもたちが「自信を失って身動きがとれない」というときの心理状態です。

その子が興味をもっていることを共有する

小栗  では、自信を失った子にどうやって自信をつけるかですが、自信をつけるということは、不登校の対応全般に共通するテーマです。学校に行っていないというだけで自信をなくしている子は、やはり非常に多いですから。

 自信をつけるのは、学校に関することである必要はありません。趣味でもなんでも、その子が好きなこと、得意なこと、自信がもてるようなことが見つかればそれでいい。そして、できればそれを通して他者とかかわることができるようになればベストです。たとえば、イラストを描くことでもいい。描いているうちに上達して家族にもほめられて自信がつく。さらにそれだけで終わらずに、絵画教室に通ってそこで友だちができるとか、イラストをTwitterにアップしたら「いいね!」がたくさんついて、Twitter上で人とやりとりができるようになるとか、そこまで持っていければいちばんいいのかなと思います。

 自信をもつことは非常に大事で、学校の教科とあまり関係のない分野でも、その自信はその子のなかで広がっていきます。一見、遠回りのようであっても、それが動き出すためのいちばんの近道だったというケースはたくさんあります。自信をつけるという作業は、先ほどの霜村先生のお話でいうと、カップに空いた穴をふさぐ、傷を修復するという作業に近いのかなと思います。

 具体的にどういう分野でその子に自信をつけてもらうかに関しては、まず、その子が何に興味をもっているのか、親御さんや先生、相談員などまわりの支援者が関心をもってあげることが大切です。とはいえ、その子が好きなアイドルを親御さんも同じように好きになれということではなく、その子の興味関心を共有できればそれでいい。

 お子さんが三代目 J Soul Brothersが好きなら親子でライブに行くとか、そこまでいかなくても、「今夜◯○くんがテレビに出るらしいよ」といった話ができれば子どもは十分うれしいと思います。何かゲームにはまっていたら、そのゲームにすごく強くなる必要はないけれど、一緒にちょこっと遊ぶくらいはできるとか、ゲームを通して子どもとコミュニケーションがとれれば十分です。

将棋とアニメをきっかけに動きはじめた男の子

小栗  ここでひとつ事例を紹介します。私がこの仕事に就いて最初の頃に出会った中2の男の子で、小2からほぼひきこもっていたそうです。はじまりは家庭訪問で、私は学校のスクールカウンセラーとしてその子の家を訪ねました。

 初日はその子と一緒に何かして遊ぼうという話になり、将棋をやりたいと言ったので、それからは訪問のたびに将棋をしては帰ってくるということをくり返していました。だんだん関係ができてきたところで、次はその関係を通じて行動範囲をもう少し広げようと、「相談室にも将棋盤があるよ」「次はお部屋じゃなくて相談室で将棋をやろうよ」と誘い、その後は定期的に相談室に通ってきて、そこで一緒に将棋ができるようになりました。

 もちろんここに至るまでにはさまざまなトラブルがあり、かなり不安の強い子だったので、外出するときはペットボトルをずっと握っていないとダメだったり、いろいろ精神症状も出ていましたが、中3になると相談室で勉強を始めるなど、少しずつステップアップしていきました。

 問題が出てきたのは中3の秋で、どこの高校に行こうかと話をしていたら、「僕は電車に乗れないから自転車で行ける学校じゃなきゃ無理」と言い出したんです。ところが、自転車で行ける範囲にその子の行ける高校はありません。そこから、どうやって電車に乗れるようにするかという対応が始まりました。

 まず、「どうして電車に乗れないの?」と聞くと、「高所恐怖症だからエスカレーターに乗れない」と言うので、じゃあ、エスカレーターに乗れるように練習しようという話になりました。こういうときにエネルギーになるのが、その子の好きなものです。そこで、「どこか行きたいとこないの?」と聞くと、「鷲宮神社に行きたい」。その神社は埼玉にあって、大ヒットアニメの舞台になったことから「アニメの聖地」とよばれている場所です。その子は将棋以外にアニメも大好きでした。

 自宅からかなり遠いのですが、「鷲宮神社に初詣に行きたい」と言うので、じゃあ初詣に向けて頑張ろうと、毎週土日に練習がスタートしました。毎回ミッションを出して、最初は「入場券を買ってホームにあるキオスクでマンガを買う」ところから始まり、翌週は「ひとつ隣の駅にあるジューススタンドでジュースを買う」、次は「ふたつ目の駅で乗り換えて、ひと駅行ったところにおにぎり屋さんがあるから、そこでおにぎりを食べてくる」というように、少しずつ距離を増やしていきました。

 その次の週は「もうすぐお母さんの誕生日だからプレゼントを買いたい」ということで4つ先の駅の構内にある無印良品まで行き、最終的には新宿の都庁まで行きました。高所恐怖症はどこへ行ったんだという感じですが(笑)
 この子は、毎週毎週ミッションをクリアしながら電車に乗ることに慣れていきましたが、何よりも自信をつけていったんですね。毎回こちらがなんとかクリアできそうかなというミッションを出し、それを達成するという作業を2カ月ほど続けた結果、当初の目標である「鷲宮神社に初詣に行く」ことも達成できました。

 そうしてひとつずつクリアするなかで自信をつけ、この子は高校から学校復帰し、その後、学校の先生になりたいと大学の教育学部に進学しました。
 アニメの聖地に行きたい、そのために電車に乗る練習をしたいというのは、再登校支援という視点からすれば一見、遠回りに思えるかもしれません。しかし、学校とは直接関係のない部分であっても、そこからひとつひとつ自信をつけていくことが、最終的にはいちばんの近道であるということがおわかりいただけたかと思います。

8年間のひきこもり生活から抜け出して高校に入学した女の子

霜村  小栗先生がイニシャルケース(最初にかかわった事例)のお話をされたので、私も大学生のときにかかわった女の子のことを少しお話ししたいと思います。
 大学の学部の先生から、この子の家庭教師をしてごらんと言われたのが、おそらく最初の不登校の子とのかかわりでした。当時中学2年生だったその子は、小1の入学式の日に「もうダメだ」と思って、それから一日も学校に行っていないとのことでした。

 中2で出会って、さて私に何ができるだろうと考えましたが、まだ右も左もわからない大学生でしたから、まあ家庭教師だから一緒に勉強すればいいかと思って、「何がいちばん勉強したい?」と聞くと、「英語がやりたい」と。8年間ほとんど勉強していないわけですから、字が書けるのかなと心配していましたが、日本語の読み書きとアルファベット、四則計算などは自分で勉強してきちんとできていました。

 英語の勉強はローマ字から始めて、週1回1時間半でしたが、そこからすごく自信をつけていきました。とにかく英語だけ、教科書をやるだけですが、わかると面白いようで、予習・復習も宿題も一生懸命やっていました。ずっと家にひきこもっている子だったので、一緒に外に出かけたりもしました。

 中3になって、地域の適応指導教室(不登校の子どもたちに学習支援を行う場所)に顔を出せるようになり、そこで受験指導をしてもらって単位制の公立高校に合格すると皆勤賞で卒業。先日、就職したと連絡をもらい、「大学はどこへ行ったの?」と聞くと、名のある大学の英文科だそうで、「よかったね。あのときの勉強が少しは役に立ったね」などと話をしました。

 この子のように、基本的には勉強で自信をつけていく子が多いと思います。全科目すべてに要求水準を上げるのではなく、その子が比較的取り組みやすいものにしぼるとよいでしょう。家庭教師というのも、本人と波長が合うとけっこういい影響があります。先ほど小栗先生が話していらしたように、ちょっと外の世界にひっぱってもらうとか、治療的な働きかけをしてくれる家庭教師さんが今はいるので、そういう方を利用するのもいいかなと思います。

【Case 3】昼夜逆転、ゲーム三昧の生活からなんの変化もみられない

昼頃ようやく起きてきて、あとはゲームやネットで深夜まで過ごす。ふさぎ込んだり荒れることはあまりなく、気持ちはそれなりに安定しているが、ダラダラした生活をくり返すだけ。この先どうなるのか…

霜村  では3番目の「昼夜逆転、ゲーム三昧の生活からなんの変化もみられない」ケースに入りますが、まず昼夜逆転については、その子が不登校になる以前に小さい頃から睡眠リズムがすごく乱れていたという場合は睡眠障害の可能性など別の問題も考えられます。また、ゲームやネットについても、不登校になる前から依存傾向がみられる場合はかなり専門的な対応が必要になることがあります。そのため、ここでは不登校になってから昼夜逆転になったり、ゲームにはまるようになったケースに限定してお話ししたいと思います。

 先ほど、心の状態をカップにたとえてお話ししましたが、カップに空いた穴がある程度ふさがってくると、だいたい次の段階として活動性が出てきます。そのとき、まず何からやるかというと、好きなことばっかりやりはじめます。嫌なことは極力避けます。そうやって自分の好きなことばかりやっていると、人間はエネルギーがたまってくるんですね。「昼夜逆転、ゲーム三昧の生活からなんの変化もみられない」という状態は、そうやってエネルギーをためはじめている段階だと考えられます。

 昼夜逆転は、ほかの先生方もみなさんおっしゃっていますが、なおそうとしてもなおりません。でも、子どもが自分で学校に行くと決めたり、どこかに行こうと思ったら、すぐに直ります。あるいは寝ないでも行きます。ですから、無理になおそうとすることはおすすめしません。

 また、ゲームやネットに没頭できるということは、最悪の状態からは脱していて、回復の方向に向かっているということです。大人の価値観からいうと、ゲームは悪者になりがちですが、ストレス発散になったり、認知機能を高めるという報告もあります。

 実際、不登校中にゲームにはまっていた子どもたちに話を聞くと、「目の前にある不安から逃れるためにやりつづけていた」という子が多いです。ゲームが唯一のストレス解消法で、それを取られたら今の自分はなかったという子もいます。もちろん、ゲームが好きで楽しんでやっている子もいます。

 ある小学生の男の子は、学校には行ってないけれど一緒にゲームをする友だちが4〜5人いて、その子たちから「師匠」と呼ばれていました。その子は、その友だちから行事のときに少しひっぱってもらったことがきっかけで、学校に戻れるようになりました。ですから要は使い方で、問題はゲームではなく、コントロールがきかず際限なくやってしまうところにあるわけです。

自己コントロール力を育てる

霜村  心理学では「行動の強化」といいますが、人間は、ゲームをやるといまある不安からすぐに逃れられるというような即時的なメリットがあると、「不安を感じる→ゲームをやる」という行動が強く結びついて習慣化し、やめられなくなってしまいます。だからといって無理やりゲームを取り上げると、子どもにとっては心の安定剤のようなものですから、よけいに不安定になってしまう。そういう行動習慣を解除していく作業はちょっと大変ではありますが、解除することは可能です。

 まず、目標は「ゲームをしない」ではなく、「ゲームとうまくつきあえるようになる」というところに置きます。たとえば、大人が気晴らしにやっているようなときは「明日早いからそろそろ寝よう」とかコントロールがきいているわけです。この「自己コントロール力」をどうやって獲得するか。

 自己コントロール力とは「やりたいことを我慢する力」、あるいは「やりたくないことを頑張ってやる力」のことです。この力はどうすれば身につくかというと、小さい頃を思い出していただくとわかると思いますが、お母さんが「頑張ったねー」「よく我慢したねー」とほめてくれると、子どもは頑張ります。何かが上手にできたとき、「わあ、すごい!」と拍手してくれるとまた頑張る。つまり、自己コントロール力は、他人から認められたり、ほめられたりすること(他者評価)によって育つわけです。我慢する力や頑張る力を育てようとすると、それができなかったときに叱るという対応になりやすいのですが、逆に、できたときにほめる、認めるということが大切です。

 それから、不登校になると多くの場合、自己コントロール力が失われがちになりますが、状態が落ち着いてくるとその力は必ず戻ってきます。以前はあんなことができていたのにできなくなったとガッカリしていると、またできるようになったということがしばしば起こります。ですから、いまはそういう力が失われちゃった時期なんだな、でもまた元の状態に戻ってくるから、と考えて、焦ることなく接していただければと思います。

系統的脱感作法……「不快なこと」に慣れさせる練習

霜村  このケースの場合、少し元気が出てきた状態ですから、そろそろ次のステップを意識した働きかけが必要な段階だと思います。
 どんな働きかけかというと、先ほど「マズローの欲求5段階説」の話をしましたが、現在、「生理的な欲求」や「安全・安心の欲求」は家のなかで満たされるようになってきて、じゃあ次に「社会的欲求」(学校に所属したいという欲求)が出てくるかというと、学校に安全・安心感がなければ所属したいとは思わないし、そういう状態ではやはり家のなかだけでしか動けません。

 ですから、この段階では、学校への不安を取り除いていく作業がどうしても必要になってきます。まずはお子さんの状態がよさそうなときに、少しずつ学校や進路の話をして、明るい材料や可能性が広がっていることを伝えてみてください。先ほどもお話ししたように、本人が拒否したらすぐに引っ込めますが、ちょっと間を置いてまたふれてみる。それをくり返します。

 それから親御さんは、そろそろ学校の先生と連絡を取りはじめるといいですね。というのは、お子さんが学校に行けそうかなというときに、どこだったら行けるのか、学校のこの場所なら、この時間なら、ちらっと顔を出しても大丈夫そうというチャンスが必ずあるはずなんです。そこはなるべく生かしていきたいので、学校と連携をとりながらチャンスを探ってほしいと思います。

 親御さんからよく、「不登校の子に嫌がることをさせていいのか」というご質問を受けます。当初はとにかく刺激をせず、おだやかに過ごさせることが第一でした。しかし、この段階では、本人があまり激しい反応をしない程度に、少しずつ「気まずさ」とか「不快さ」に慣れていく作業をしていかなければいけません。このケースは、もうそういう段階に来ていると思います。

 心理学的なテクニックとして、不快なものに慣れるためにはくり返しそれにふれていく、少しずつステップアップしながら何度もやってみることが有効だとされています。先ほど小栗先生が、電車に乗れない男の子に毎週ミッションを出して、徐々に距離を増やしていったお話をされたように、本人が「これはできないけど、その10分の1くらいならできるよ」というような課題を出し、少しずつハードルを上げていくという方法です。

 人間はほかの動物に比べて「慣れていく力」がすごくあって、それを「馴化(じゅんか)」といいますが、不快なものや不安なものに対して「脱感作(だつかんさ)」していくことで慣れていきます。アレルギーのお子さんをお持ちの方は「脱感作療法」という言葉をお聞きになったことがあるかと思いますが、アレルギーの原因となる物質を少しずつ負担にならない程度に増量しながら体に入れていくことでアレルギーを治療する方法です。心理学的にもそういう治療があって、「系統的脱感作法」という恐怖症の有名な治療法ですが、不登校というのはいわば学校恐怖症ですから、この療法を応用して学校を不安でないものに変えていく治療を行うことがあります。

例外探し……ゲームをやらない時間を増やす作戦

霜村  現在、ゲームに没頭しているようなお子さんには、これまで申し上げたような対応を本人の様子を見ながら少しずつ取り入れていく、そのちょうどいい時期ではないかと思います。そうでないと、現在の状態からはなかなか変わりませんので、少しずつ状況に応じた刺激をしていってほしいと思います。

 ゲームは無理にやめさせようとしたりせず、ゲームをやらない時間を増やしていく作戦と、学校を不安でないものに変えていく作戦。この2つが、この段階では必要になってくると思います。まず、ゲームについては、親御さんがゲームに対してネガティブな顔をしているだけで、十分に「やってほしくない」メッセージは伝わっています。子どももそれは十分に感じながらやっています。

 親御さんがゲームをやめてほしいという気持ちで、もし声かけをするとしたら、たとえば「生活が乱れるとよけいしんどくなっちゃうから、ちゃんと時間を決めてやったほうがいいよ」とか「やり方は任せるけど、体に負担がかかるようなやり方はしないでね」というように、あくまで「あなたの健康のことを心配しているのよ」というメッセージとして伝える必要があります。

 親の不安や焦りをぶつけるような注意の仕方は逆効果になりがちで、なかなかうまくいきません。このことは自戒を込めて申し上げたいと思います。
 また、ゲームをやめさせることや昼夜逆転をなおすことにこだわって、力ずくでゲームを取り上げたり壊したり、布団から引きずりしたりということをやっていると、お子さんが暴力を振るうようになったり、ものすごく荒れたりと別の問題に発展するおそれもあり、問題がさらに複雑になってしまいます。ですから、あまり強引なかかわりはやらないほうがよいでしょう。

 では、どうやってかかわったらよいかですが、「例外探し」という方法があります。具体的には、まれにゲームをしてない時間があるはずなので、そこに反応してください。ただし、あざとく「まあ、ゲームしないでえらいね〜!」みたいなことを言うのはやめましょう。自己コントロール力を伸ばすには、周囲の人が喜んでいたりプラスの感情をもっていることが伝わればいいので、「あ、ずいぶん熱心にニュース見てるね」とか、本や雑誌を読んでいたら「何読んでるの?」と興味津々にのぞき込んだり、ウキウキとうれしそうにしたりして、お子さんが「あれ、お母さんなんだかうれしそうだな」と感じるような表情でかかわってもらうといいかなと思います。

 そういうかかわりのなかで子どもにプラスの評価がインプットされると、行動も変化していきやすくなります。親御さんのポジティブな感情は、お子さんにものすごく影響力があります。いつもいつも不安そうで、いつもいつもイライラしている親御さんの顔が、ときにパッと明るくなるとか、そういうところをお子さんは敏感に見ていますから、そういう顔を、お子さんがゲームをしていない時間に見せてあげてください。

 どうしてもゲームをやらない時間を作ったほうがいい場合は、親子で約束事を決めてもたいてい破られて大げんかになりますから、第三者を入れたほうがうまくいきます。私もよくそういう約束事に立ち会いますが、「じゃあ、朝のこの時間は絶対ゲームに触らないようにしよう」と言うと、第三者が入ればだいたい「うん」と言います。第三者は、病院の先生、カウンセラー、親戚の方など、本人が信頼している大人にお願いするのがいちばんいいでしょう。

小さい刺激から大きい刺激へと徐々にシフトしていく

霜村  ゲームのことと同時に、根っこにある不安の解決を同時に進めます。この時期の根本的な解決法は学校を不安でないものに変えていくために、学校と親御さんが連携して丁寧に本人に情報提供していくことです。このとき、親御さんが直接学校に働きかけるのはけっこうしんどいので、できればカウンセラー、スクールカウンセラー、担任の先生などにかかわってもらうとよいでしょう。

 たとえば、先生に「いつだったら来れるかな?」「今度行事があるからおいでよ」といった声かけを増やしてもらうとか、手紙を書いてもらうとか。あるいは、お母さんと先生が親しげに電話しているのを横で聞かせるようにすると か、本人と直接話さなくても、いろいろな刺激の仕方があります。

 親御さんにやっていただきたいのは、お子さんのコンディションが整って、「よし、行ってみよう」と思ったときにいつでも行きやすいように、そのあたりの学校との連携を構築することです。学校に行ったあとのことは先生の仕事ですから、親御さんは、お子さんの気持ちが学校に向いて、「よし、行ってこよう」と思うまでの刺激をいろいろしていただきたいと思います。

 基本的には、これまでお話してきたように、少しずつ子どもの様子を見ながら学校の話題にふれていくということです。そして、子どもが荒れなければ、小さい刺激から大きい刺激へとシフトしていきます。最初は学校の行事予定表を見るのも嫌がっていたのに、だんだん、「もう体育祭の練習が始まる頃だな」と言い出したり、「いま、みんなテストをやっているから、そろそろ僕も勉強しなきゃ」と思うようになったりもしますから、とにかくくり返し刺激を与え続けてください。

 学校のプリントがダメだったら、目につくところに置いておいたり、冷蔵庫のドアに貼っておくだけでもかまいません。本人が嫌がったらいったんは引くけれど、時間をおけば平気になったり、くり返すことで耐性もできます。何度も何度も学校の話題にふれて徐々に慣れてもらうことがいちばん根本的な治療になるので、あきらめずに頑張ってくり返してください。
小栗  霜村先生のお話は、印象に残る比喩やキーワードがあって参考になります。ゲームについては子どもたちにも名言がたくさんあって、お手元の参考資料にその名言が掲載されていますが、このなかの「おやじに酒が必要なように、僕にはゲームが必要だった」という言葉は衝撃でしたね。私もお酒とコーヒーが大好きなので、それを取り上げられたらキツいなあと思います。

 霜村先生もおっしゃっていましたが、問題はゲームをやっていることではなく、コントロールがきかないことです。もうやらせたくないからとゲームを取り上げることは「自律」ではなく「他律」、つまり他者によってコントロールされているわけですから、子どもの成長は望めません。最終的には自分でコントロールできるようになるのがベストです。

 少しずつ刺激に慣れさせて学校を不安でないものに変えていく脱感作のお話もあり、確かにエネルギーがたまってきた段階では学校に慣れさせていくことが必要ですが、これは学校での安全が保証されていることが前提になります。たとえば、いじめや対人トラブルで学校に行けなくなった場合、その問題が片づいていないのに学校に慣れさせるというのはちょっと無理がありますよね。

 このように、学校での安全が確保されていない、学校が荒れているといった 場合には、いまの学校に戻るというよりは、霜村先生からお話のあった転校や適応指導教室を検討されてはいかがかと思います。
※この続きは、「Part.2」 で読むことができます。

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