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登進研バックアップセミナー84・講演内容

“この子は大丈夫!”という兆しの見つけ方

海野千細

講師 海野千細(八王子市教育委員会学校教育部教育支援課相談担当主任)

休み出してから再登校までのプロセス

     

 最初に、「休み出してから再登校までのプロセス」を示した以下の図をご覧ください。横の直線より上が登校している状態、下が不登校の状態です。

「休み出してから再登校までのプロセス」

     

 ①の時期は、心のなかにいろいろ葛藤はあるけれど、とにかく学校に登校している状態です。②は、月曜日になると行きしぶったり、遅刻や早退が多かったり、ときに風邪を理由に休むこともあるような状態です。③は、なんとかしのいできた状態が崩れて完全に行けなくなり、連続して休みが続いている状態。④は、なんとか再登校しようと動きはじめる状態。⑤は、とりあえず再登校にこぎつけた状態です。

 いま、みなさんのお子さんはどの段階に当てはまるでしょうか。おそらく、③の状態が大半ではないかと思いますので、ここからは③の状態を中心に考えてみたいと思います。

不登校になると子どもはどう変化するか

 まず、③の状態にある子どもは、不登校になることによってどんな変化が起こるのか。また、再登校というはっきりした行動ではないとしても、再登校に向けて子どもの状態はいろいろと変化していきます。そうした変化を詳しく説明するために、次の5つの項目に整理して考えてみたいと思います。

(1)生活リズム・生活習慣の乱れ
(2)身体状態、機嫌のよさ
(3)人間関係
(4)興味・関心
(5)行動

(1)生活リズム・生活習慣の乱れによる家族とのあつれき

 まず、③の状態で連続して休みはじめた当初は、生活リズムや生活習慣がかなり崩れるのが一般的です。朝はまったく起きない。とくに、ほかの子どもたちが登校する時間帯は、いくら起こしても布団をかむったまま部屋から出てこない。しかたがないと親がほうっておくと、午後2〜3時頃まで起きてこないケースもあります。そのぶん夜に寝る時間が遅くなり、深夜の2時とか、朝方の4〜5時頃まで起きている子もいます。

 不登校の子どもたちが深夜まで起きていることには、さまざまな事情があるといわれていますが、やはり夜は落ち着くんだと思います。あれこれ文句を言う人もいないし、静かでシーンとしていて、自分だけの世界のようで、自分の好きなことができる貴重な時間になっているのでしょう。

 食事を家族と一緒にとらない子は、よく家族が寝静まってから台所に行き、冷蔵庫を開けて残りものをつまんだり、自分でラーメンを作って食べたりします。お母さんが作った料理はいっさい食べない子もいます。お母さんが料理をしているのを脇目に、コンビニから赤飯やスパゲティを買ってきて食べ、お母さんが作ったものは拒否するため、お母さんがずっとつらい思いをしてきたケースもあります。

 生活リズムが崩れ、昼夜逆転になることも少なくありません。親としばらく顔を合わせないような状況も出てきます。生活習慣も乱れてきますから、起きても着替えないのが普通になってきます。24時間パジャマ姿、あるいはジャージやトレーナーを着っぱなしという感じです。風呂に入らないことも多くなります。1カ月くらい入らない子は、決してめずらしくありません。

 このように、③の状態では子どもの生活がガラッと一変しますから、家族がかなり気をつかったり、怒りを感じることも多いと思います。好きなときに寝て、好きなときに起きて、好きなときに食べるわけですから、とくにお父さんなどは、「オレが稼いだ金で食べさせてやっているのに、あのヤロー、何様のつもりだ!」といった怒りの感情もわき起こってきたりします。

(2)体の痛みを訴え、機嫌が悪い

 小学生やちょっと幼い感じのする中学生のなかには、体の痛みや不調を訴えて休む子もいます。家で休んでいても、おなかが痛い、頭が痛い、気分が悪い、気持ちが悪いなど、体の状態についていろいろ訴えてきます。また、休みはじめた当初は機嫌の悪い子が多いんですが、機嫌が悪いというよりは、他人を受けつけない状態にあり、そのために機嫌が悪くなると考えられます。

(3)家族との人間関係も希薄に

 不登校になった当初、高校生くらいの年齢で典型的なのは、自分の部屋から出てこなくなるということです。部屋の入口にバリケードを築いて、家族を部屋に入らせないようにする子もいます。不登校の子どもにとっていちばん煙たい存在はお父さんですが、お母さんでさえまったく接触できず、なんとか部屋のなかに入れないものかとあれこれ策を練ってアプローチしても入れてくれず、ひきこもりのようになる子もいます。

 あるお母さんは、「数カ月ぶりに子どもがトイレから出て部屋に入っていく後ろ姿を見たら、髪の毛が肩まで伸びていて別人のようでした」と話してくれました。何カ月も部屋から出てこなかった子が、虫歯が痛み出して耐えられなくなり、医者に行かないとどうしようもなくなって部屋から出てくるといったこともあります。

(4)あらゆることに興味・関心を失う

 不登校になった当初、子どもたちはほとんどすべてのことに興味・関心を失ってしまいます。その一方で、ゲームやアニメなど、親からみるとなぜこんなものに…と思うようなことに没頭して、まわりの人々を拒否する子もいます。こうした興味・関心の有無は、人とのかかわり方にも影響してきます。

(5)親の言動に対する反発や無視

 行動面の変化としていちばんわかりやすいのは、人を避けるということです。外出はいっさいせず、親が誘っても外には出かけない。基本的に、親が言うことには反発するか、無視する、といった対応をすることが多いと思います。

"この子は大丈夫!"という兆しのあらわれ方

(1)生活リズム・生活習慣の小さな変化、大きな変化

 ③の状態がしばらく続いているうちに、子どもの状態がいろいろ変わってくることがあります。生活リズム・生活習慣の面では、起床時間が少し早くなったり、微妙に変わってきたりします。土日になるとけっこう早く起きてくる子もいます。親は仕事が休みで「ちょっとゆっくりしたい」と思っている土日に限って早く起きてきて、テレビを見たりするわけです(笑)。夏休み、春休み、冬休みといった長期の休みに入ると、昼夜逆転の生活を続けていた子が、昼頃に起きてくることが多くなったりします。

 食事の面でも、徐々にお母さんが作ったものを食べることが多くなってきます。料理というのは料理そのものよりも、それを誰が作ったかということが、実は子どもにとっては大きな問題なのです。お母さんに対して怒りや恨みなどの感情が強い場合は、お母さんが作ったという理由だけで料理を拒否する子がけっこういます。それは、お母さんが悪いわけではなく、子どもが勝手にお母さんに腹を立てたり、恨んだりすることによってみられる一過性の現象にすぎません。

 そうした感情面のしこりが解消されたり、本人の気持ちの整理がついたりすると、お母さんの作った料理を食べるようになってきます。それは、お母さんの気持ちを受け入れるという意味があります。お母さんの作ったものを食べて、血や肉としていくという意味では、その変化にはとても大きな意味があります。

(2)体の痛みは解消され、機嫌は良好に

 ある時期から、子どもにとって「学校を休むことはやむを得ない」「しかたがない」という感じになってくると、腹痛や頭痛などの痛みは消えるのが普通です。表情が穏やかになったり、目がつり上がっていたのが少しやわらいで声をかけやすくなったりもします。つまり、少しずつ機嫌がよくなってくることが多いのです。

(3)人間関係〜家族に対する拒否感がやわらぐ

 それまでは、お父さんの帰宅時間が近づくと、居間でテレビを見ていたのにサッと2階の自分の部屋に上がっていたのが、だんだんとお父さんが帰ってきてもその場にいるようになったりします。食事も家族と一緒にとれるようになってきますが、これは大きな意味のある変化です。先ほどもお話ししたように、食事をいただくことは「受け入れる」ことの象徴ですから、家族と一緒に食べられるようになったら、家族に対する拒否感や防衛する気持ちがやわらいできたと考えてよいと思います。

日常生活での言動の変化にはどんな意味があるのか

 ここで、以前このセミナーの参加者を対象に行ったアンケート調査の結果をご紹介しながら、子どもにあらわれた変化にはどんな意味があるのかを考えてみたいと思います。  アンケートは、「最近、お子さんになにか変化がありましたか?」という質問に答えていただいたもので、たくさんの回答が集まりました。そのいくつかをピックアップして、その変化の意味について解説していきたいと思います。

「たま〜にシャワーを浴びて、髪を洗うようになった」

 まず、日常生活の変化で、「部屋で食べたお皿を持ってくるようになった」というのがあります。それまで食べっぱなしだった食器を、自分で片づけるようになったわけです。これは、その子の気持ちに余裕が出てきたり、自分が食べたものを自分で処理できる精神状態になってきたことを意味していると考えられます。また、「たま〜にシャワーを浴びて、髪を洗うようになった」という変化も、自分の身体について意識を向ける余裕が出できたあらわれと考えてよいでしょう。

 「ニュースやドラマなどに興味を示すようになった」という書き込みもあります。これは興味・関心のもち方に関するものですが、不登校になった当初は、多くの子どもたちがテレビ画面に映し出される映像をボーッと見ているだけだったり、番組もバラエティやお笑いなどに限られていたのが、少しずつ関心が広がってきて、ニュースや時事問題を扱った番組などにも目を向けるようになります。「テレビを見ている」という状態は同じなので見落としがちですが、これも大事な変化のあらわれのひとつです。

 「頼んだことを確実にやってくれる」「夏休み、たくさん手伝いをしてくれました」という書き込みもあります。これは「行動」や「生活習慣」の変化と考えられますが、同時に「人間関係」の変化のあらわれでもあるのです。たとえば、仕事をしているお母さんが「今日は帰りが遅くなるから、夜になったら洗濯物を取り込んでおいてくれる?」と頼んだときにきちんとやってくれるようになったという変化があったとします。それまでは、お母さんに対して頭にくることばかりだったのが、少しずつお母さんとのいい関係を思い出したり、お母さんの気持ちをきちんと受けとめられるような余裕と力が出てきた。そのことのあらわれとして、こうした変化が出てくるわけです。

「子猫を飼いはじめた」

 ペットに関する書き込みもありますね。「子猫を飼いはじめました。世話を任せていますが、なんとかやってくれて、とても可愛がり、責任感も感じているようです」。こうしたことは興味・関心が広がってくるなかで変化として出てくることもありますが、それまで世話をされる一方だった子どもが、自分が世話をして親のような立場になるという意味では、一定程度の元気が出てこないとできないことです。

 親にとっては納得のいかないことかもしれませんが、子どもにとって親とは口うるさい存在なんですよ。でも、ペットはなんの文句も言いませんから(笑)。だから、ペットを飼っている子はよくペットに話しかけたりします。「お前はいいよなあ。学校に行かなくてもいいし…」などとグチを聞いてもらって気持ちが安らいだり、自分を客観視できたり、癒されたりすることがきっとあるのでしょう。

「外に出られるようになった」

 「外に出られるようになった」という書き込みに関連して言うと、近所は知っている人がいるから外に出られないけれど、土日などに少し離れたところであれば家族とドライブに出かけたりすることもできるようになってきます。すると家庭内の人間関係も少しずつ落ち着いてきて、本人の気持ちにも余裕が生まれ、たまには伸び伸びしたいという思いもありますから、家族でどこかへ行こうと誘うと同行したりします。ところが、親戚のところに行くとなると微妙なものがあって、相手が不登校のことを知っていたりすると、行くことを拒否する場合もあります。

 「笑顔が出てきた」「明るくなった」「元気になった」という変化は、「機嫌のよさ」の問題とかかわってきます。たとえば、家族みんなでテレビのバラエティ番組を見ていて、その子が「ワハハッ!」と大声で笑えるようになってきたら、気持ちがだいぶ落ち着いてきて家族と笑いを共有できるようになり、感覚的にもかなり回復してきたと考えてよいでしょう。ただし、再登校の時期が近づいてくると、書き込みにもあるように「学校以外の話ではニコニコ会話をしています」といったことが起きてきます。

 よく親御さんが「うちの子は学校に行かないことを除けばフツーなんですよ。なんで行けないんでしょうねえ」と話されることがあります。親にしてみれば「行けない」ことばかりが気になるわけですが、見方を変えると、それはその子のメンタル面が安定してきている証拠と考えてもよいかと思います。 

再登校直前のさまざまな変化

 「精神的な変化」の項目のところに、「2学期が始まる少し前から体調を崩し、気持ちもイライラし出し、落ち着かない様子になりました」とありますが、再登校を始めようとするとき、多くの子はなんらかの“節目”をスプリングボードとして利用しようとします。すると、その節目が近づくにつれて機嫌が悪くなるのです。

 たとえば、夏休み明けに再登校しようと考えている子は、だいたい8月25〜26日頃から落ち着かなくなったり不機嫌になったり、ときにはかんしゃく玉を破裂させます。理由は、緊張しているからです。学校に行ったらクラスメートからいろいろ質問されるんじゃないかとか、それにどう答えたらいいんだろうとか、いろいろな不安がわき起こってくるからイライラするわけです。普段よりピリピリしていますから、また具合が悪いのかと思うかもしれませんが、そうした不安は「学校に行こう」と思うからこそ起こる不安です。

 私がかつて相談を担当していた中2の女の子は、再登校間近というときに、「昨日、友だちに電話をしたんだ」と言いました。電話で何を話したかというと、自分が再登校したとき、休み時間にどういう居場所があるかを友だちにリサーチをしていたというのです。

 授業中は自分の座る席が決まっているし、全員が先生のほうを向いているから人の目は苦にはならない。いちばんつらいのは、休み時間をどう過ごすかということらしいのです。それで、クラスの班の構成や座席表、さらには休み時間にみんなは何をしているかという情報を入手して、休み時間をどうしのぐか対策を練っていたそうです。再登校が子どもにどれほどの緊張を強いるものなのか、よくわかるエピソードだと思います。

 逆に、8月25、26、27、28日と2学期が迫ってきても、まったく変わらずに気持ちも安定している子は、2学期になっても行かないと決めている場合がままあります。だからあれこれ悩む必要もなく落ち着いているわけです。学校に行かないという点では、親としてガッカリ…かもしれませんが、気持ちは安定しているので重い状態ではありません。このように再登校直前の子どもたちのさまざまな行動には、それぞれ意味があるということです。

 また、「中学時代に不登校で高校は入試で入ったものの、また同じような状況で不登校が始まった」「転校後しばらく順調でしたが、また登校できなくなってしまいました」という変化も書き込まれています。再登校後にまた不登校になるんじゃないかと心配している親御さんも多いかと思いますが、よく考えてみると、とりあえず再登校できたわけです。それでまた不登校になってしまったけれど、一度は再登校できたことを忘れないでください。再び不登校になってしまってどうしようと思ったときに、あのときも条件がそろったら登校できたんだと考えてみてください。そうして再登校するときの条件をあらためてふりかえってみると、こういう条件がそろえば、また再登校できるんだということが見えてくると思います。 

心はどのように回復していくのか

 このように、それぞれの段階でいろいろと小さな変化が生まれてきます。それらを大きく整理すると、次の枠内のようになります。

(1)責められないことによる、人に対する「安心感」「信頼感」の回復
(2)自分のやりたいこと、できることへの取り組み
   (自己信頼感、自己肯定感の高まり)
(3)再登校への準備(節目を生かすなどして)
   (学校や進路への興味・関心

(1)責められないことによる、人に対する「安心感」「信頼感」の回復

 これは、すべてのベースになる重要な変化です。人への安心感や信頼感が回復したかどうかを見るのに象徴的な出来事のひとつは、「床屋さんや歯医者さんにひとりで行ける」ことです。床屋さんや歯医者さんでは、自分の体を他人にゆだねますよね。自分の体を他人に任せられる、ゆだねられるというのは、まさに人に対する安心感・信頼感のあらわれです。ですから、床屋さんや歯医者さんなど家族以外の人に体をゆだねられるようになったら、その変化にはけっこう大きな意味があると思ってください。

 さらに、これまで以上に安心感や信頼感の質が高まってきたな、と感じるような変化があらわれるようになります。
 たとえば、ものすごい夫婦ゲンカをしたあと、お互いにすごく優しくなったという経験はありませんか。言いたいことを言い合ったほうが、その後の関係が深くなるんです。

 それは親子の関係でも同じで、たとえば、「学校に行きたくない」「でも行きたくないなんて言えない」という葛藤をずっとかかえてきた子が、親に「行きたくないんだ」と言えたことで気持ちがすごく楽になることがあります。「言えた」ということは「聞いてくれた」ということです。人は、相手が聞いてくれないと言えないものなんです。今、私もこうしてしゃべっていますが、どうしてしゃべっていられるかというと、みなさんから「聞いていますよ」という視線や態度など、なんらかのサインが届いているからです。子どもも同じで、聞いてくれているという思いがあるから、しゃべるんですね。

(2)自分のやりたいこと、できることに取り組みたい

 人に対する安心感・信頼感が回復してくると、次に、(2)自分のやりたいこと、できることに取り組みたいという気持ちが強くなってきます。ただし、そういうときに子どもがやりたくなることは、たいがい親が望む方向とは反対のことなんです。だから、この時期、親はそういう子どもの要求に悩まされることが増えてきます。

 たとえば、中3のお子さんが「お母さん、数学の問題集を買ってきてよ」と言ったら、「ヨッシャー!」と思って、すぐ買ってくるでしょう?(笑)。でも、実際に子どもが要求してくるのは、「新しいゲームソフトが出たから買ってくれよ」なんです。要するに、親からすれば、「なんでゲームソフトなの? そんなひまがあるなら勉強しなさいよ!」と言いたくなるような要求をしてくるわけです。「買ってこいっ!」と怒鳴りつけるような言い方で要求する場合もあります。要求を無視していると、ものに当たったり、ものを投げつけたりして、買わずにはいられないような状態になることもあります。

 高校生くらいになると「Hな本を買ってこい」と言い出したり、かなり高額なものをほしいと言ったりすることもあります。そのときの親の対応の基本は、できることはできる、できないことはできないと言うこと。そして、交換条件をつけないことです。
 たとえば、新しいゲームソフトを買ってくれと言われたときに、「学校に行くなら買ってやる」といった交換条件をつけることは最悪の対応で、甘やかしの極致です。親がこうした駆け引きをすると、子どもの要求はどんどんエスカレートしていきます。なおかつ、そうした親のやり方をまねて、子どもも駆け引きを使うようになります。「学校に行ってやるから、○○を買って」というやり方です。

 そのときに、親が「それとこれとは別でしょ。学校に行こうが行くまいが、ほしいものがあったらできるだけ買ってあげたいけど、最近、お給料が下がったし、今のわが家の状況でこれを買うのは無理だよ」といったことを伝えられればいいなと思います。こうした現実的な交渉をすることも、子どもにとっては大事な社会勉強になります。

 自分のやりたいことがやれる・やれたという体験が「僕は○○ができる」「□□もできる」という自信につながり、さらにそれが「△△もやりたい」「◇◇もやりたい」という意欲につながり、しだいに好循環ができあがっていきます。
 すると、「自分は今までお父さんお母さんのやっかい者で、なんの取り柄もなかった。もう僕なんかいないほうがいいんだ!と思っていたけど、僕だって僕なりにいろいろできることがあるし、お父さんもお母さんも僕のこと、ちょっとは認めてくれるようになったかも…」と感じられるようになり、自分で選んだことに自信をもって取り組むという感覚が芽生えてきます。

 「頼感」とは「自信」の大元になった言葉だといわれています。親御さんは、よく「うちの子は自信がないので、なんとか自信をつけさせたい」という言い方をされますが、自信って「つける」ものなのでしょうか。「自分の力で何かを達成すれば、自信がつく」と思われがちですが、実はその前の段階のほうが大事なんです。

 たとえば、自分では何もできない寝たきりの人も、「あなたのままでいいよ」というメッセージをまわりからたくさんもらえると、「私は私のままでいいんだ」と思えるようになる。それが本来の自己信頼感です。自己信頼感が生まれると、誰かのためにとか、誰かの役に立つためにではなく、自分のために自分のやりたいことをやってみるとか、自分にできることをやってみようというふうに意欲的になってくる。そして、いろいろなことに取り組んで、うまくいったり、いかなかったり、ということをくりかえしているうちに、しだいに現実的なことを考えられるようになっていきます。

(3)再登校への準備

 (2)の変化の好循環がしだいに、(3)再登校への準備につながっていきます。先にお話ししたように、再登校は、「節目」を利用することが多いので、その節目が近づくにつれ、子どもは緊張が高まったり不安が強まったりして、一見、状態が悪くなったかのように見える場合も少なくありません。でも、それは「学校に行こう」とするために起こる不安であり緊張なんだと思っていいでしょう。

 中高生の場合だと、再登校というかたちではなく、お料理教室とかスイミングスクールといった「別の学校」に入ろうとしたり、あるいは、学校というシステムは嫌だから仕事に就くという場合もあります。

支える親の側に必要なこと

 不登校の子どもを支える親の側に必要なことはなんでしょうか。
 結論からいうと、「親の不安をまわりに支えてもらうこと」になるかと思います。
 親が子ども責めるのは、親自身が不安だからです。どの子もみんな学校に行くのが当たり前の時代に、わが子が学校に行かないという出来事が起こった。それが親を不安にさせるのだろうと思います。逆にいえば、「別に学校なんて行かなくていいじゃん」と思っていれば、子どもを責めることもないでしょう。

 でも、多くの親は、「このまま勉強もしないで、将来どうなるんだろう」「社会でやっていけるのだろうか」「ひきこもりになったらどうしよう」など、いろいろな不安がわき起こってきて、「なんとかしないと!」と思うからこそ責めたくなる。というか、責めるなと言うほうが無理なんですよね。

 親は子どもを支える立場にあるわけですが、子どもをプラスの方向で支えるためには、親自身の不安をまわりの人から支えてもらうことが必要です。そのために、こうしたセミナーを利用したり、地域の相談機関を活用したり、親の会に参加するのもよいでしょう。

 自分でコントロールできる程度の不安であれば、実は不安はマイナス要素だけではありません。不登校の子どもを支えていくなかで、不安によって鍛えられていくという側面もあります。押しつぶされるような不安のなかでは感じることはできませんが、まわりの人に支えられて、少し気持ちに余裕が出てきたら、自分も子どもと同じように不安とつきあって、ともに鍛えられていけたらいいなと思います。

親が安心する手立てとして

(1)安心につながる今後の見通し

 人間は、自分がいまどのへんにいて、どちらの方向に向かって歩いていけばいいのかが実感としてわかると少し安心します。わが子がいまどのような状態にいるのかがわかり、そのなかで子どもの行動の変化としてどんなことが起こってきているのかがイメージできると、何を手がかりにして、どう接するべきかも見えてきます。

(2)小さな変化への気づき

 子どもの言葉や態度、様子など、なにげないささやかな変化に目を向けていくと、いままで以上に、その子の言動のもつ意味が理解できるようになります。いままで見逃したり見過ごしていた部分に気づくようになると、親子関係が少しずつ変わってきていることも実感できるでしょう。それは、自分が親としてこれまでやってきたことが無駄ではなかったという思いにつながり、励みになるはずです。

(3)子どもの行動の意味

 子どものいろいろな行動の意味を考えると、「ああ、そうだったのか」とストンと腑に落ちることがあります。
 ある中2の男の子のお母さんが、「うちの子は、私に要求するときに必ず命令口調で言うんですよ。『○○しろ!』『△△を買ってこい!』という感じなんです」と話してくれたことがあります。そのとき、お母さんがふと思い出したようにこう言ったんです。「もしかしたら、これまで私自身があの子に何かを頼むとき、命令口調で言っていたような気がします。あの子は、私がやっていたことをそのまま私に返しているのかもしれません」。

 ある小3の男の子は、お母さんと2人で食事をしているときに、「小さい頃に家族みんなで海に行ったよね。あのときは楽しかったなあ」としみじみと言ったそうです。それを聞いたお母さんは、「私はずっと働きづめで、子どもの面倒なんかろくにみられない状態でやってきました。ひょっとしたら、この子は寂しかったのかもしれないなと、あらためて感じました」と話してくれました。

 私たちは、子どもたちが言葉や表情などでとても大事なメッセージを発信していることに気づかず、見逃していることが多々あるのでしょう。それを受けとろうとする立場で考えてみると、いろいろ気がついたり腑に落ちることがあったりします。そうした気づきがあると、お子さんに対する気持ちがちょっと変わるかもしれません。毎日の暮らしのなかで、こうしたことを続けていくのはなかなか難しいかもしれませんが、腹が立ったり、「はあ!?」と思うようなときも、「その言動にはどんな意味があるのかしら?」と考えてみてほしいと思います。

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